1999.06.13
蒼穹と 夜空ゆく星にかけて
夜空ゆく星とは そも なんぞや と 何で知る? 闇を突き刺す 星の 謂い (コーラン 86 明星 メッカ啓示 1-3節)
「彼がそうするのは、なぜなのだろう」「わたくしは彼の何なのだろう」 わたくしたちは、いつも、「なぜ?」「なに?」を問い続けています。「今ここにいるのはなぜ?」「ここにいるわたくしは何?」 こ の答えができないと納得ができない。宙ぶらりんの頼りない感じがして。
愛生園の海の見える岡に立って、ハンセン病の人たちがこの問をたてることの苦しさを思いました。
「なぜある人たちは災厄を被り、他の人たちは免れるのでしょう。これはフランスの小教区の司祭様の言葉です。
なぜ人は苦しむことになるのでしょう?」亡くなる直前の美しきエイズ患者ルイはこう言います:
「ねえ、マリー、理解すべきことなんてないんだよ。わかろうとしてはだめだ。
すべては神秘なんだ。この神秘をただ経験すべきなんだ」
そうです、ハンセン病やエイズの痛みや苦しみは、彼らの犯した罪によるものではありません。罪を犯さぬ人などいるわけがない。罹患していないわたくしだって、罪を犯して生きてきた。では、なぜ?彼らだけが?
でも、もう、それを問うのは止めよう、とルイはいいました。
星は何であろう? 生命とは何であろう? そしてわたくしは何で、あなたは何?問わずにはいられない。
でも、答えはない。 いったいそれを何で知る? 闇を貫く星の謂い。
だから、彼らの苦しみにわけが無いように、喜びにもわけはありませんね。「わたしなんかがどうして愛されるのかしら?どうしてわたしは幸せなのかしら」と不思議に思っているあなた。
天使は自分の守護する者を点数付けて選んだわけではありません。菩薩や、仏もまた。
たまには なぜなぜ坊やをやめて、ただじっと身の苦痛に耐え、また ただ素朴に身の幸せを喜びましょう。
・・・・・・・ これ、人間よ、辿り行く汝の道は辛いけど、必ずいつかは逢いまつる身。
夜とそのとばりにかけて 、
皎々と照りまさる満月にかけて
必ず汝ら、一層一層と渡り行くであろう
(『コーラン』メッカ啓示84.1, 16−19節)[参考文献] マリード・エヌゼル『死にゆく人たちと共にいて』(白水社1997 \1700) 戻る okadamk@hept.himeji-tech.ac.jp 姫路工業大学環境人間学部 書写キャンパス