(モーリス・ズンデル 「黙想のはじめに」)
大切に大切に愛してきたものですが、もう手放すことにしました。もっと前にそうすべきだったのかもしれません。中々決心がつきませんでした。手放すというのは正確な表現ではないかもしれません。もう とおから 手の中になどなかったのですから。
持っていると思い込んで 握り締めていました。怖くて開けられませんでした。勇気を出して開けてみたら なかには何もありませんでした。
じっと持っていたら いつか 手のひらの暖かさで孵ると思っていたのかもしれません。石を暖めても孵らないのに。握り締めた故に、石は砂になり、指の間から漏れてしまいました。その後も、ないものを そのまま握り締めていたのでした。
そんなに虚しい別れでした。考えてみたら、出会いもなかったのかもしれません。あったように思っていただけの、そんな幻のようなものでした。
もう 手には何もありません。なんの荷物も持たないで わたくしは旅に出ます。重荷を降ろして軽々と。夢を捨てて 寂々と。自分を責めて 自分と戦うことはやめました。自分を刺し続けた眼差しは これからは もっと遠くになげましょう。
岸辺にしがみ付くのもやめて、海の真ん中に身を投げ出しましょう。荷物を持たぬ旅人は、抜き手を切って泳げます。その力の尽きるまで。
と、そのような決心をしなければならないことが 人生にはありますね。荷物を降ろしてしまいましょ。心を そこから遠くに 旅させましょ。そして、こう言ってみましょう:「荷物を持たぬ旅人には もう何も怖いものはありません。わたくしは穏やかで、恐れを知らず、自由です。」と。
[参考文献] モーリス・ズンデル『日常を神とともに』福岡カルメル会 訳 (女子パウロ会 1993)¥1400 戻る
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姫路工業大学環境人間学部
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