第16回
あなたに喜ばれるためにだけ鳴く かくもやさしい歌をお聞き下さい 苔にゆらめく朝露のように つつましく軽やかなその声を ................................................................... ひとりの人の悲しみを減らすこと これ以上素晴らしい業はないのです (ヴェルレーヌ 『英知』)
栄眞が中学生だった頃、大学には紛争の嵐が吹き荒れていました。学生達は自分達が 世界を変えることができると信じているかのようでした。
人が世界を変えるですって? わたくしたちにそんな力があるのでしょうか。 生 言っ
ちゃいけないよ。それは幻想ってものだ。
栄眞は大学の授業で 高名な『空想より科学へ』を読みました。苦労してドイツ語を読
んで その内容の貧弱さに呆れたことを覚えています。それは『空想より空想へ』と名
づけた方がふさわしい本でした。
わたくしは、世の中を劇的に変えること −革命−を好みません。それは暴力だからです。 全てのものを いちどきに幸せにすることなどできるとは思えません。
一時「ポア」などという恐ろしいトリックを用いて、自分達の革命を推進しようとした
人々がいたのを覚えてらっしゃいますか。そうすることが世界の幸せであると彼らは
本気で信じていたのでしょうね。これは信仰などではない、「狂信」です。
栄眞は 「世界の幸せ」なんて責任もてません。大切な たったひとりの人の悲しみを
減らすこと ― それがどれほど大変なことか、わたくしはよく知っています。自分の隣
にいる大切なひと、その人の喜びのために歌い、その人の悲しみを減らすこと、―
その何と困難なこと。
しかし、それのできない者に 環境を愛することなどできるはずがないではありませんか。わたくしは だからまず 隣にいる大切な人を心から愛することからはじめたい。
それをあなたはエゴだとお呼びになりますか? 全ての人を愛すると言いながら、実
は誰も愛さぬ偽善者になるよりは、栄眞は ひとりの人を愛するエゴイストになるほ
うがましだと思うのですが。
【参考文献】 モーリス・ズンデル『内なる福音』(女子パウロ会 1994 \1200)
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