「せいおうしゃくびゃくし」青黄赤白紫の五色のことである。この五枚の色紙を細長く切りつなぎ合わせてつくったお札を棒の頭にくくりつけて子どもたちがあぜ道を駆けめぐる。
7月20日ごろ見られる伝統行事「虫送り」の一風景である。ところによって儀礼の内容は異なっていて、浜に集まり舟に害虫の代表を乗せて海に送り出すというのもある。源氏に追われ水田で討ち死にした斎藤別当実盛が害虫となったという伝承のあるところでは、実盛をかたどったわら人形を焼き払ったりする。
寺から僧が赴いて拝むこともあれば、踊りを神社に奉納して祈願することもある。虫送り唄、虫送り踊りも様々あった。
以前は全国で見られたこの行事が今や風前のともし火だ。殺虫剤で消毒を行なうようになれば次第に消えて行く運命にあるのだろう。
その一方で今また蚊遣(や)りの線香が人気だそうだ。除虫菊といっても殺虫菊とはいわない。考えてみれば「虫送り」にしろ「蚊遣り」にしろ、一網打尽の死刑にせず所払いにして「棲み分け共生」する道なのである。蚊帳もまたそうである。人は蚊帳の中蚊は蚊帳の外、と空間を異にすることによって災難を避ける工夫である。
我々の先祖はついこの間までこうして棲み分けたり共棲(せい)したりしながら「いのちの網の目」の中で他の生き物たちと共生してきた。生物界でひとり勝ちして栄え続けたものは未だかつて存在せず、邪魔者を消しつつ自分の勢力を伸張したあげくあまりに個体数を増やしすぎれば必ず滅びてしまう、というのが生きもの界のならいである。
というわけで虫送りが身近に残っている方々、ぜひ当研究室にご一報ください。お礼にはもちろん、お線香をさしあげますよ。
神戸新聞夕刊一面随想2003.07.10